設立の趣旨

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京都の文化を1センチメートル持ち上げたい

京都は、日本人に日本人であることを自覚させる機能を担っている。

地球上の文明の均質化が進み、国や民族固有の文化や独自の精神世界が衰弱するなかで、日本という国のまとまりを生み出す存在感は大きくなるばかりである。京都は、いまもって伝統的な日本文化の中心であり、文化首都である。歴史に培われた基層的な文化を多彩に洗練させつつ堅持することで、その役割を果たすことになった。学術文化しかり、精神文化、造形文化、芸術・芸能しかりである。

文化の伝統豊かなこの京都で、「京都の文化を1センチ持ち上げたい」などという大それた理念を、私は創業時の1983年に打ち上げた。日本文化の頂点に君臨する京都はもはや、その力や価値を自らの努力で周知させる必要を認めなくなっていたからである。

「京都の情報が欲しければ、採りにきなさい」とばかりの姿勢をとっていたのが京都だった。情報発信、情報提供という点では、京都は胡座をかきすぎていた。一人よがりに陥っていた。溢れんばかりに咲き誇る京都の貴重な情報は、一部の人がひっそりと楽しむか、東京を経由して京都市民、そして日本各地に配信されていた。

情報発信に消極的であれば、外からの情報に無関心になる。情報を提供する技術も、京都は低いレベルにあった。傲慢だったが、私はそのように理解したし、私たちが京都で果たせる役割と存在意義は、確実にあると考えた。

京都通信社の社名は、そういう背景と考えのもとに名付けた。京都の情報を京都の内外に発信し、京都の情報文化を高めることに貢献したいと考えたのである。情報の流通が活発になることで、京都の文化が機動力を備えることも願った。社名の英語名は、インフォメーション・デザイン・アソシエイツ・キョウト。私たち自身が情報を生産するだけでなく、京都の優れた情報を高い品質のまま、浸透しやすいかたちにデザインして発信することはできるはずだと考えた。

京都という高貴な名称を社名に冠したのは、京都というまち、人びと、文化、その他と対峙したいと考えたからでもある。逃げない姿勢を表したかったのである。もちろん、多少の自負心もあった。

それから、20年近い月日が流れた。デジタル化をもっとも早く採り入れた私たちだったが、そのようなことはすべて当たり前になった。情報通信技術の革命によって、京都の情報が素早く、多彩な手法で流通するようになった。そうなると、時代に即応した体制をとり続けることに力点を置きすぎることは、手段と目的とを取り違えることにもなると、私たちは二の足を踏んだ。マスを対象にした情報発信は得意ではないというジレンマもある。

けっして順調な轍を描いた歴史を歩んではいない。しかし、時流に囚われることなく、永続する価値を追い求めてゆくのが京都流である。正確で品質の高い、あるいは価値の永続する情報を提供することによって、京都の文化に少しでも貢献したいという私たちの志は、いまだに減退していないつもりである。

京都通信社代表 中村基衞